※受講生と学長の質疑応答より
質問者:真我を追求していてもなかなか仕事の業績が上がりません。
学長:何を一番にするかがポイントなのです。
商売を繁栄させるためなのか、お金を儲けるために真我をやっているのか、真我を開くのが一番の最高なのか。
金持ちであろうが貧乏であろうが、真我に目覚めることを一番にするのか、例えば最近よく来る飯田さんとか、植木さんとかは、仕事を一番にしているわけではないのです。命を一番にしているのです。
もしかしたら、先ほどのKさんやOさんも命を一番にしたと言っていましたが、仕事が一番だったらあの世に行っていたかもしれません。
やはり命を一番にしたから、こうやって戻って来て体験談を話している。
でも、命の中でもこうした肉体の命ではないのです。真我の命、神の命なのです。
この永遠の命を一番にしているかどうかを試されているのだと思ったら良いです。
真我の実践会は、誰でもできるように月一万円でいくら受けても良いように、この真我を真剣に追求し易いようにしたのです。
そのことによって、いろいろこれまでお金が障害になっていた方も、障害にもならなくなり壁も取ったのです。
そして、今ではズームでもできるようになりましたから、そうした空間的な障壁も取ったわけです。
何を一番にするかなのです。
真我の目覚めは、どんなに大豪邸でも心はボロボロなのと、多少ボロ屋に住んでいても皆んな心が大調和で心が健康体なのと、どっちを選ぶかというと、ボロ屋でも心を選ぶと皆んな言います。
何を一番にするかということが大事なのです。
この真我を一番にするということは、二番から百番を全部足しても一番には敵わないわけです。
たとえ何を得ても、何を失っても真我を絶対に一番にするということ。
本当の自分を一番にするということです。
こういう成果というのは、自分の頭で描く成果をやったら、本当は頭で描く成果ではないかもしれないのです。
もしかしたら、その仕事ではないかもしれない。
根本的にもっとやるべきことがあるのかもしれないのです。
そのためにそれをさせてないということもあるのです。
命の時間をちゃんと大事にするために。そのように思って良いと思ってください。真我で悪くなるわけがないのです。
どの単位で見るかです。仕事単位で、金儲け単位で見るのか、命を生かす単位で見るのか。ここを絶対に間違ってはいけないのです。
だから混ぜてはダメというのはそういうことです。
それも、商売繁盛と混ぜているのかもしれないです。
商売繁盛も、本当に真我の心でお客様のニーズシーズ神シーズに叶えていったら、繁盛するに決まっているのです。
人間関係も美点発見でやっていったら、今の目の前の人間関係も良くなるのです。
どんな人のニーズに応えられます。ぜひ、真我の命を一番にしてください。
真我は本当のあなたですよ。本当のあなたが役に立たない奴だって、絶対に思わないことです。
金儲けに役に立たないと思わないことです。人間関係も本当はちゃんと的にハマれば恐ろしいほど上手くいくのです。
誰しもが、医学も科学もビジネスも最終的に求めるものは真我の目覚めなのです。
本人がわかっているかどうかは別として、本当は皆その境地まで行きたいのです。
それは双六でいう上がりです。
それを最終目的にするのではなく、一番上の頂上から先に向かっていくということです。頂上が先というは、この真我の目覚めが出発だということです。
学びから、いつか悟るではないのです。
もう悟ったら、そこから生きるということです。
仕事も何もかも。例えばドロボーで大成功して大金持ちになったとしたら、これは例え話ですが、ドロボーの心の方がうまくいくじゃないかと。
しかし、その人が改心してサンタさんの心になり、サンタさんで行こうとしたら、一回ドロボーを廃業しないといけない。
一回ドロボーを廃業して初めてサンタさんになれるわけです。
真我を一番にするということ。二番三番にしない、道具にしないということです。
ありがとうございました。